おじふるストーリー
Vol.2

ログハウスの建築

  [建築の準備]

 設計図はだいぶ前から出来ていたので、市役所の建築指導課に建築確認申請を提出するまでになりました。1987年秋のことです。この前年、建設省の告示によりログハウスは丸太組構法として、技術基準が定められ、やっと世に認められたことになった訳です。交野市では、もちろん初めてのケースだったと思います。

 さて、実際の建築ということになりますが、私は、以前より山梨県の清里にある南南西の風というペンションによく行っていました。そこのオーナーが、少し前よりログハウスの建築を始め、何棟か建てていました。少し距離的なハンディがありましたが、ここで建築をすることになりました。私もログビルダーに混ざって作業をしてもいいとのことでした。1/20の模型を作り、グラフ用紙にログワーク用の簡単な図面を書きました。

1/20 模型のログハウス
1/20 の模型のログハウス

  [建築開始]

1.まず、原木の搬入。

おじいさんの古時計を作った丸太は、末口(細い方の直径)30cm,長さ12m材を約100本使いました。原木の状態で、1本約1tあります。(乗用車1台分位)

2.そしてピーリング(ドローナイフで一本ずつ手で皮むき)。

これが大変な力仕事で、1日に45本皮むきできる日もあれば、1日かかっても1本もむけない日もあります。かなり当たり外れがあるということです。当時のアルバイト代は、1本あたり25003000円でした。私が清里でピーリングをはじめたころは、‘88年の1月、気温は朝でマイナス10度、昼になるとプラス23度になりました。

朝、丸太の表面が凍っていて、日が差してくるまで、ピーリングが出来ない日もありました。

ピーリング(丸太の皮むき) ログサイト
ピーリング、丸太と格闘しています 清里のログサイト後ろは八ヶ岳

   

 . ログワーク

  ここからが、ログハウスを作る上でのメインとなる作業です。
 

  スクライバー(コンパスに水準器がついている、ログハウスのいわゆる墨付けの道具)と、チェーンソーを使い、1本ずつ積み上げていきます。チェーンソーはとても危険な道具で、直径30cmの丸太をほんの数秒で斬れるほどですから、一つ間違えば、大怪我をしてしまいます。特に、先端を使う仕事をしているとき、その危険性は、増します。(キックバックといいます)丸太の移動はすべてクレーンを使いますが、これも危険な作業です。

1段目のログ完成 ログワーク スクライビング
1段目のログ(シルログ)完成! まず、ラフノッチを刻む  赤岳の山頂が見えています スクライビング:下のログのラインを上のログに写し取ります
ログワーク チェーンソーと工具 ログビルダー
一度下ろして、ノッチとグルーブを削ります チェーンソーと工具 建築に携わったログビルダー

  

4. 基礎作り

これと並行して、建築現場で基礎の準備をします。11tの丸太を100本も使っているログハウスですから、普通の木造建築の家の45倍の重量がかかっています。かなりしっかりした基礎を作らないといけません。このときは、交野と清里を何回も往復しました。基礎作りの前に、井戸を掘り、水がきれいになるまで何回もポンプで汲み上げをしました。

基礎1  基礎2

5. 移築

清里で、棟まで上げたログハウスを丸太1本ずつに番号を付けて、全部ばらしてトラックに積み込みです。ほとんどが、クレーンの作業なので、これだけで、3日かかりました。10トンの大型トラック1台、4トン車2台、2トン車1台の計4台のトラックが、山梨県清里から大阪府交野市の今のこの場所まで、6人のログビルダーを乗せて夜を徹して走りました。88年6月2日のことです。この日は、朝から雨で、雨具を着て、丸太を下ろすだけで、1日が過ぎました。

2日目も雨で作業できず。

3日目は朝からよい天気に恵まれ、清里からの6人のビルダーと、こちらの大工さん他、大勢の助っ人が頑張ってくれて、夕方、棟が上がりました。そのあと大勢で、バーベキューしたのがいい思い出になりました。88年6月4日、このときの記念のサインが、今も店のストーブの上の丸太に残っています。

移築1 移築2 ログビルダー2 バーベキュー
私市でのログ積み開始 全体の姿が見えてきました 無事、棟が上がり記念撮影 のあとのバーベキュー

       


6. 屋根工事、内装工事

友人に屋根職人がいて、7寸勾配の屋根が葺き上がり、ここからは大工仕事の始まりです。近くの腕のいい大工さんが2人はいってくれて、内装工事が進んでいきました。私も大工さんができない仕事をしていました。壁のウッドシングルは手で1枚ずつ割って、ランダムに貼り付けていきました。店の入り口のログの看板作り、郵便ポストも手作りです。厨房の内装が一番手間がかかったように思います。内装の仕上げの方法で、大工さんと意見が合わず、お互いに口も利かずにそれぞれ仕事をしていた日もありました。工事中にもかかわらず、多くの人が訪ねてくるようになり、店のドアにノートをぶらさげました。「お名前、ご住所を書いていただいたら、開店時に案内状をお送りします」と書いておくと、皆さんいろいろコメントと住所を書いていかれました。開店前に何百人かの名簿が手元にありました。また、この時いろんな人と知り合いになって、今も変わらぬ付き合いをしています。

屋根工事 中田仁公氏 看板作り2
屋根工事 中田仁公氏も手伝いにきてくれました 入り口の看板作
看板作り1 カウンターの原木 貝畑 克和 氏
看板ほぼ完成 店のカウンターになった原木 和歌山より材木を搬入してくれた貝畑氏


7. 完成

建物は一応完成なのですが、店としてはここからがスタートです。

開店前夜には、私はこれまでの疲れと、このログハウスに、自分のすべてを注ぎ込んだという安堵感からか、抜け殻状態になっていました。

開店前夜
店の前に花が並びまさに開店前夜

Vol.3 「開店から現在まで」 に続く

(Vol.3は近日Updateの予定)

Vol.1 「おじいさんの古時計」が出来るまで に戻る

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